2026年度人工知能学会全国大会(第40回)にポスター発表&企業展示で参加しました

はじめまして、AI・データチャプター データサイエンティストの島津です!

三井住友カード(以下、SMCC)のAI・データチャプターでは、社内業務やプロダクトへのAI活用を目的に、AI技術に関する研究・開発を推進しています。
今回は、AIに関するR&D活動の一環として、マーケティング領域における効果検証の取り組みを人工知能学会全国大会で発表しましたので、その内容について紹介させていただきます。
また、人工知能学会にプラチナスポンサーとして初めて協賛し、企業展示ブースに出展もさせていただきましたので、そちらの様子もあわせて紹介させていただきます。

人工知能学会全国大会とは

人工知能学会全国大会は、AIの理論・応用に関する研究を発表できる国内最大規模の学会です。 第40回となる今回は、2026年6月8日(月)から6月12日(金)までの5日間にわたって、群馬県のGメッセ高崎で開催されました。

参加者は5,246名、発表件数は1,397件、スポンサー数は168社とすべて過去最多を更新したようで、AI領域の盛り上がりがまだまだ拡大していることが伝わってきました。

当社の研究発表:グラフデータに基づく複数施策を対象とした因果効果推定

本研究は、SMCCのAI・データチャプターとグループ会社である日本総合研究所の共同で取り組んだものであり、現地では私(島津)がポスター発表を行いました。

背景と課題認識

本研究は、顧客と店舗のつながりといった「異種グラフデータ」を活用することで、複数のマーケティング施策の効果を同時に、かつ高精度に推定するための因果推論手法を提案したものになります。

現代のビジネス(特に当社のようなクレジットカード会社や、大規模小売業など)では、顧客のLTV(顧客生涯価値)を最大化するために、ポイント還元、アプリ内クーポン、特定店舗での優遇キャンペーンなど、多種多様な施策を並行して展開しています。
また、同時に「どの顧客が、どの店舗(加盟店)で購買したか」という、顧客と店舗間の決済情報のような膨大なトランザクションデータが日々蓄積されています。 当社としても、これらのビッグデータを活用し、誰に・どの施策の組み合わせを・どのタイミングで打つべきかといった、より高度なパーソナライゼーションやその効果検証に取り組んでいます。

しかし、上記のような背景を持つ企業において、データドリブンなマーケティングを推進する上で、従来の因果推論には大きく以下の3つの課題があると考えました。

  • 課題1:複数施策が同時期に実施されることによる「施策効果のブラックボックス化」
    従来の因果推論モデルは、単一の施策を対象に「施策を行った/行わなかった」という形で評価するものが主流です。
    しかし、実ビジネスでは複数の施策が同時並行で展開されているため、「施策Aと施策Bの組み合わせによる相乗効果」や、逆に「施策同士が効果を打ち消しあうカニバリゼーション」が発生する可能性があります。各施策の効果を正確に測定するためにはこれらの相互作用を考慮した評価が必要になります。
  • 課題2:決済データ(グラフ構造)情報の未活用
    従来の因果推論モデルでは、顧客個人の属性(年齢やカードランクなど)は扱えても、「顧客と店舗の関係(二部グラフ)」というグラフ構造が持つ豊かなコンテキストを因果推論のプロセスに直接組み込むことができていませんでした。属性情報と同様に、決済データも施策割り当てと結果の両方に影響を与える情報(交絡因子)が含まれていると考えており、当社が持つ決済データを活用したいというモチベーションがありました。
  • 課題3:観測できない交絡因子(未観測交絡因子)によって生じる効果推定へのバイアス
    施策に対する顧客の反応には、「顧客の潜在的な嗜好」や「顧客の社会的地位」など、データ分析者からは直接観測できない隠れた要因が影響します。これらを適切にモデルが考慮できなければ、誤った効果推定結果(バイアス)を生んでしまいます

これらの課題に対し、それぞれの課題に対処する研究は存在していたのですが、3つの課題を同時に解決するようなアプローチは検討されていませんでした。
しかし、当社の業務への適用を考えたとき、これら3つの課題に同時に対処する必要があると考え、新たな手法を検討するに至りました。

問題設定

顧客に対し、$t_{\rm dim}$個の施策がそれぞれ実施されるか否かが割り当てられる状況を考え、それらが結果に与える因果効果を推定する問題を対象とします。 この時、本研究では以下のようなデータ間の因果グラフを仮定しています。

ここで、$\boldsymbol{x}$は属性情報、$A$はグラフ構造(例:顧客の店舗での決済履歴)、$\boldsymbol{z}$は未観測交絡因子、$\boldsymbol{t}$は$t_{\rm dim}$個の施策割り当てを表す0/1の2値ベクトル、$y$は結果(例:コンバージョン有無、収益など)を意味しています。 すなわち、今回の最終目標は、観測できていない未観測交絡因子$\boldsymbol{z}$を観測できている情報($\boldsymbol{x}$や$A$)から可能な限り推定し、それに基づいてバイアスを除去することで、施策の効果($\boldsymbol{t}\rightarrow y$の矢印の大きさ)を正確に推定することです。

提案手法

提案手法は、「異種グラフニューラルネットワーク(HGNN)」と「変分オートエンコーダ(VAE)」という2つの深層学習技術を組み合わせた、因果推論フレームワークです。 提案手法の全体像を以下に示します。

前述の因果グラフの仮定に基づき、提案手法は以下の3つのステップで構成されています。

  1. ネットワークからの特徴抽出(GNNの活用)⇒ 課題2への対応
    顧客と加盟店(店舗)の決済履歴$A$を異種グラフとして入力し、HGNNの一種であるGraphSAGEを用いて「どのような店舗を利用する顧客か」「どのような顧客層に利用される店舗か」というネットワーク構造に基づく情報を抽出します。
  2. 潜在的な交絡因子の推定(VAEの活用)⇒ 課題1,3への対応
    1によって抽出されたグラフ情報と、顧客・店舗の観測データ(属性情報)$\boldsymbol{x}$をVAEに入力し、データ上には表れない「顧客の潜在的な嗜好や社会的地位(未観測交絡因子)」を確率的な潜在変数$\boldsymbol{z}$として推定・復元します。
  3. 複数施策の同時推定モデル ⇒ 課題1への対応
    先行研究で提案されている施策埋め込み行列$W_t$を用い、$t_{\rm dim}$個の施策の2値ベクトル$\boldsymbol{t}$を低次元の実数ベクトル空間に射影して施策間の相互作用を考慮します。

上記ステップを踏むことで、本研究で挙げた3つの課題に1つのモデルで対処できるようになり、今回の問題設定において従来手法より施策効果を正確に推定することが期待できます。

実験

仮定した因果グラフ上のすべてのデータを人工的に生成した人工データセットと、SMCCで実際に実施したキャンペーンに関する実データに一部人工データを組み合わせたSMCCデータセットの2つで提案手法の有効性を検証しました。

結果として、下図に示すように個人レベルの推定誤差 ($\sqrt{\epsilon_{\rm PEPH}}$) と集団レベルの推定誤差 ($\epsilon_{\rm ATE}$) の2つの指標で先行研究と比較して提案手法が同等以上の精度となることを確認しました。

当日のポスター 発表/説明 の様子

以下の画像は当日のポスター発表の様子です。 非常に多くの方に発表を聞いていただき、特に企業の方からは「同じような課題感を持っている」「ぜひ実業務への適用までやってほしい」というコメント多くいただけ、良い課題設定で研究を進められたのではないかと自信になりました。

研究の詳細は、以下の論文リンクをご参照ください!
グラフデータに基づく複数施策を対象とした因果効果推定
※リンク先の論文PDFリンクは人工知能学会全国大会への参加者のみが閲覧可能です。今後、論文はJ-STAGEにて一般公開されると思いますので、ご興味のある方はそちらからご検索ください。

聴講したセッションや講演の内容

今回、自身の発表以外にも後述する企業展示ブースの対応や最新研究のトレンドを追う目的で学会には全日参加していました。 その中で、個人的な興味関心や業務活用を踏まえて、以下トピックについて聴講してきましたので、簡単に紹介させていただきます。

マーケティング・推薦

SMCCでは、日々数多くのプロモーション施策を展開しており、マーケティング知見の継続的なアップデートは欠かせないミッションの一つです。 特に、一昨年度からは決済時にご利用いただけるデジタルクーポンサービス「Vクーポン」を提供しており、お客さま一人ひとりの趣味・嗜好に合わせたパーソナライズしたクーポン配信も行っています。 こうした実務的な背景から、マーケティングや推薦技術のセッションを中心に聴講してきました。

大規模購買履歴のクラスタリングによるパーソナライズ [1]

大規模な購買履歴データにクラスタリングを適用し、ユーザーの嗜好を分析するアプローチでした。 Vクーポンのような「顧客に合わせた最適なアプローチ」を考える上で、非常に実務的で学びの多い内容でした。

LLMを用いた仮想ユーザーデータの生成 [2]

アンケート調査の代替・補完として、既存の統計情報からLLMを活用して「仮想的なユーザーデータ」を生成するという研究でした。 今後のマーケティングリサーチに影響を与えるようなユニークな視点だと感じました。

LLM-as-a-judgeにおけるバイアス問題 [3]

個人的に特に気になったのが、LLMのバイアスに関する研究です。 LLMが広く普及し、LLMの生成したものをLLM自身に評価させるLLM-as-a-judgeを活用する機会が増えていると思います。 しかしこの研究によると、モデルが高性能になるほど、ナイーブな実装のままではLLMの評価結果が「良い(Positive)という判断」に偏ってしまう現象が確認されています。 つまり、単純なプロンプトで評価を依頼するだけでは、無意識のうちに高性能モデルの甘めな評価に引っ張られ、精度の見誤りに繋がる危険性があるということだと理解しました。 今後、実務のパイプラインに評価器としてLLMを組み込む際には、このポジティブバイアスを念頭に置き、プロンプトの工夫や評価基準の厳密な設計など、細心の注意を払う必要があると再認識させられました。

金融ドメインへの適用

金融業界におけるAI活用の事例・課題を学びたいと思い、AI応用:金融・保険応用というセッションも聴講しました。 このセッションでは、厳格な規制やドメイン特有の複雑な課題が存在する金融業界において、いかにAIを実務へ落とし込むかという観点での研究が多く報告されていました。

資産運用や投資に関する研究では、多様化する投資家のニーズに応えるための新しい枠組みが提案されていました。 従来のリスクと期待リターンの最適化だけでなく、ESGなどの多角的な観点も考慮するために、階層分析法(AHP)と生成AIを組み合わせてアセットアロケーションを整理・最適化する手法が提案[4]されていました。 また、FXの取引戦略においては、長期的な複利効果を考慮し、目先の利益に引っ張られすぎないような売買を行うためのアプローチが発表[5]されるなど、より現実の市場環境に即したモデル化が進んでいるように感じました。

なかでも個人的に興味深かったのは、資産運用アドバイザリー向けの会話エージェント開発に関する発表[6]です。 金融アドバイザリーの対話では、法令やルールの厳格な順守が求められると同時に、顧客の不安に寄り添う柔軟なコミュニケーション能力も必要とされます。 この相反する課題を解決するため、システムをマルチエージェント構成にし、ルール順守を担う堅牢なエージェントと柔軟な応答を担うエージェントをルーターで振り分けるという設計が採用されていました。 雑談などで一時的に話が本筋から逸れても、外部メモリで対話の状態を保持しているため自然にヒアリング項目へ戻れるといった工夫が凝らされており、現場の知見がしっかりとシステムに組み込まれた実用性の高い研究だと感じました。

人間中心の意思決定支援AI

今後、実務において生成AIを活用する場面がさらに増えていくことを見据え、人間中心の意思決定支援AIに関するチュートリアルも聴講してきました。

このセッションでは、「AI単体の精度が高いからといって、人とAIが共同でタスクに取り組んだ際の『意思決定の精度』が高くなるとは限らない」という観点について議論されていました。

その原因として挙げられていたのが、人がAIの回答を無意識に過信してしまう「オーバーリライアンス(過剰依存)」というバイアスです。 ある研究事例によると、AIがもっともらしい理由付けを添えて回答した場合、その内容の正誤に関わらず人は直感的に「役立つ」と感じてしまうそうです。 結果として、ユーザーはAIの回答に納得感を抱くのみで、それが本当に正しいのかを検証する行動が促されなくなってしまうという問題が指摘されていました。 私自身、日常的にAIを使う中で常に十分な検証ができているかと問われると自信がなく、非常に耳の痛い話でした。

紹介された研究では、この問題を緩和するためのアプローチとして、AIの回答を単なる説明で終わらせるのではなく、あえて質問形式にしてユーザー自身に考えさせるような出力に変えるという解決策が提示されていました。 驚くべきことに、このような簡単な工夫を取り入れるだけで、人がタスクに取り組んだ際の正答率が明確に改善したそうです。 AIの出力方法を少し変えるだけで人間の意識や行動がここまで変わるという点は非常に興味深く、今後のAIツール設計やプロンプト開発において大きなヒントになる実践的な学びを得られました。

企業展示ブース

本大会では、プラチナスポンサーとして協賛もさせていただきました(SMCCとしての学会への協賛は初めての取り組みでした)。 大会期間中は、企業展示ブースに出展し、我々のプロダクトやAI関連の取り組みについて紹介させていただきました。 SMCCとAIが結び付かない方も多かったようで、多くの方にお立ち寄りいただき、クレジットカード決済事業におけるAI活用を知っていただく良い機会になったのではないかと思います。

まとめ

今回は、2026年度人工知能学会全国大会(第40回)でのSMCCの活動について紹介させていただきました。 ポスター発表に関しては、現地で多くの方からコメントをいただき、非常に有意義な機会となりました。 当日ポスター発表に足を運んでくださり、コメント・ディスカッションしていただいた方、本当にありがとうございました。 また、初めての試みであった企業展示ブースへの出展に関しても多くの方にお立ち寄りいただき、我々の取り組みについて知っていただく良い機会となりました。 アカデミアでの活動(学会発表や聴講など)は継続していきたいと考えていますので、引き続きこちらのブログでも今後の学会参加について共有していければと思います!

参考文献